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投資先企業と二人三脚で挑む「Value Creation」という取組(前編)

その名の通り、投資先の「企業価値向上」を目指すこと―。「Value Creation(バリュークリエーション)」はクールジャパン機構が現在最も注力している取組のうちの一つです。投資案件の政策性と収益性の双方を追うファンドとして、ただ資金を供給するだけではなく、投資後の事業の現場において、投資先経営陣や従業員と一体となった企業価値向上の取組を進めています。今回、Value Creationを担当している3名に、具体的にどのような取組を行っているのか話を聞きました。 (内容は2020年7月現在)

<プロフィール>
シニアディレクター 松田亘司:Accenture 戦略グループ、PwCを経て2019年4月クールジャパン機構入社。Value Creation担当の立ち上げ、並びにEMW、Sentaiをはじめとした複数のプロジェクトを統括。

ヴァイスプレジデント 小林豊明:デロイト トーマツ コンサルティングにてグローバルM&A業務、M&A後の事業改革を担当した後に2019年5月クールジャパン機構入社。EMW等を担当。

アソシエイト 萱内貴彦:デロイト トーマツ コンサルティング モニター デロイトにて、幅広い業界に対して成長戦略の案件に従事した後、2019年5月クールジャパン機構入社。Sentai等を担当。

(※いずれもクールジャパン機構 投資戦略グループ所属)

投資先企業の成長と政策的意義の双方を実現するために

Q. Value Creationとはどのような取組で、どのようなメンバーで進めていますか?

松田:そもそも当社のミッションは、投資を通して日本の魅力あるものやサービスを世界に出していくということ。それを実現するために、我々チームとしての役割は、投資決定までに投資先の経営陣とともに描いた事業の成長戦略(Value Creation Plan、以下、VCP)を、「絵に描いた餅」で終わらせるのではなく、投資後にしっかりと実行することです。投資先と二人三脚で、事業の成長とクールジャパン機構が期待する政策的意義(例:後述の日本酒の海外普及やアニメ作品の海外展開)の双方において結果を出していくという取組です。

(参考)クールジャパン機構の投資におけるValue Creation担当の役割

 Value Creation業務を中心に担当するメンバーは現在7名で、コンサルティング会社出身の者が中心ですが、M&Aのアドバイザリーサービスを提供してきた者や、シンクタンク出身の者もいます。スキルセットとしては海外経験があることを基本としつつ、各々が様々な業務経験と得意分野を持っているので、それが強みになっています。例えば、小林は消費者マーケット分析を踏まえた計画策定、萱内は新規事業、他にもDX(デジタルトランスフォーメーション)について何年も取り組んできた者もいます。
 なお、クールジャパン機構にはValue Creation担当の他に、投資のプロセス全体(ソーシングからExitまで)を一貫して推進・管理する、ディール業務を中心に行うメンバーや、地方自治体、地銀、JETROなどとのネットワークを構築・維持する専門チームも在籍しています。役割の違いはありますが、一体となり動いてます。

クールジャパン機構 投資戦略グループ シニアディレクター 松田亘司

Q. 具体的にはどのような案件に取り組んでいますか?

小林: 私は、中国でワインを中心に輸入・卸売業を展開する「EMW(イーエムダブリュー)」という会社を担当しています。もともと現地の高級ホテルやレストランと強いネットワークを持っている会社ですが、彼らがワインで培ってきた「ブランディングノウハウ」や「既存販路」は、当社の狙いである「中国において日本酒のストーリーをしっかり語り、ブランド価値を作っていきたい」という想いを実現するうえで、非常に重要な役割を果たすと考え、出資しました。中国で日本酒は居酒屋や和食店で飲まれていることが多いのですが、我々としては外資系のホテルや現地に根付いたレストランなどで、もっと様々な方に飲んでもらいたいという想いがあります。
 私はこのEMWの事業で、業績管理、組織改革、日本酒の拡販支援を担っています。私は事業に携わる際にはいつも、まずはその業界にどっぷり浸かって、商品を愛することから始めたいと思っています。今回も国際的な日本酒関連の資格をいくつか取得し日本酒の理解を深めました。単に財務的な成長を目指せばいいというものではなく、商品やマーケットをきちんと理解したうえで検討を行うようにしています。

クールジャパン機構 投資戦略グループ ヴァイスプレジデント 小林豊明

萱内:私は北米で日本アニメのライセンス事業を展開している「Sentai(センタイ)」という会社を担当しています。自ら日本アニメの買い付けを行い、字幕・吹替を付け、DVDや関連グッズなどの製造・販売や、動画配信などを行っている会社です。日本アニメが大好きな米国人が、同じ米国人のアニメ好きが喜びそうなことを常に考えながら運営しているので、まさに現地目線のビジネスです。当社は政策的意義として、この人達と共に「日本アニメをきちんと北米に広げていく」ことを狙いに出資しました。
 目標達成に資するサポートは何でも我々の役割です。当社の既存投資先や日本のコンテンツ企業をSentaiに紹介し、協業をコーディネートしたり、Sentaiの経営管理全般を強化したり、私自身これまでも多岐にわたる業務に携わらせて頂きました。今も新型コロナウイルス感染症が北米のみならず世界中のコンテンツ業界に様々な影響を与えていますが、その一つひとつを分析し、今後あるべきSentaiの経営戦略を検討しています。

クールジャパン機構 投資戦略グループ アソシエイト 萱内貴彦

海外の投資先企業の真のパートナーになるということ

Q. 投資先企業と関係を構築するうえで気を付けていることはありますか?

松田:投資先がやりたいことと、当社としてやってもらいたいこと。VCPを作る段階でこの両方について、投資検討の段階から、投資先の経営陣と丁寧にコミュニケーションを取って下準備をしておくことですね。その段階で両社のビジョンの方向性が大きくズレてしまうとそもそも投資に至りません。我々にとっては政策的意義が大事ということも十分に理解してもらってから投資を受け入れてもらっています。そうすれば、投資後、実行のフェーズに入ってから我々と投資先経営陣との間でビジョンが揺らぐことはありません。

小林:経営陣だけではなく、とにかく従業員の人たちに我々が同じ仲間であると認識してもらうことも大切にしています。EMWの従業員はもともとはワイン好きの人たちであって、必ずしも従業員全員が日本酒に親しみを感じていたというわけではありませんでした。現地に何度も足を運んで、日本酒の魅力や、我々と新しい取組を行う良さを一つひとつ丁寧に説明しました。全く信用されない人間だといくら説明しても駄目なので、毎日一緒に食事をして、チャットをして、まず自分を好きになってもらい、信頼関係を作りながら進めていきました。

萱内:私はSentaiの担当として業務を始めた頃、日本とヒューストンでは物理的な距離も遠く、時差もあって思うようにコミュニケーションが取れない中で、会社や業界についての理解を深められず、難しさを感じていました。その中で現地に何度も足を運んだり、Sentaiの主力作品を一通り鑑賞したり、アニメ業界の方にお話を伺ったりして、自身の知見を深めるよう意識しました。現地に滞在したときは、創業者兼CEOの秘書のように2週間みっちり傍で仕事したり、日系企業の方々が来たときは議論の間に入ったりする中で、少しずつ彼らとの一体感が形成されていくように感じました。

Q. 投資先の真のパートナーになれたと感じられたのはどのようなときですか?

萱内: そもそもコンテンツビジネスは当たるか当たらないか分からないという不安定さの中にあります。その中で経営の状況を数値化し、見える化したことはとても感謝されました。また、元々創業者は日本のアニメ業界に強いコネクションがありますが、それでも今まで会えなかったような方々に我々の仲介で会えたときは喜んでもらえましたね。私はプロジェクトに参画してからの半年間で、現地に4回(合計期間は2ヶ月間程度)足を運んでいますが、行くたびに従業員の方々がフレンドリーになるのを感じます。経営陣にも「ヒューストンに駐在してもらえないか?」と言われたときは、仲間の一員として認められた気がして本当に嬉しかったですね。

小林:EMWとともに活動をし始めた当初は、EMWが大企業に成長していくために新しい経営指標を作ろうと提案しても、難色を示されたものもそれなりにありました。しかし、そんな中でも、その後半年間ほど、新たに潜在顧客企業をEMWのメンバーとともに考えて一覧化し、営業に同行したり、夜遅くまで社内の経営資料を作成したりしたとEMWのメンバーと一緒になって日々の業務活動を行った結果、信頼関係も構築されていきました。すると、当初は前向きではなかった経営指標の作成など、私たちからの提案にも賛同をしてくれるようになりました。
 最近では経営指標を作成したおかげで会社の状況が見えるようになったと感謝してくれますし、手間のかかる仕事を提案しても「それは重要だ、取り組んでみよう」と返し、前向きに取り組んでくれるようになりました。また、当初は日本酒に馴染みのなかった一部の従業員も、今や日本酒を大好きになってくれています。営業担当自ら日本酒講座に通い、勉強してくれています。彼らが現地の飲食店や小売店に日本酒の魅力を伝えてくれるのです。このような日本の商品の魅力を自らが感じて、現地で語り歩いてくれるアンバサダーのような従業員を、時間をかけて現地で増やしていくことができるのも、中長期目線で投資できる当社ならではだと思います。

松田:私は現地で見ていていつも小林さんはEMWの従業員に愛されているなあ、と感じます(笑)。言語や文化の障壁もある中で、必ずしもいつも完璧なコミュニケーションが取れるわけではありませんが、皆辛抱強くこちらの話に耳を傾けてくれるようになりました。ファンド業界では、時として、ファンド側が投資先の実行不可能な戦略を描いてしまい、投資先との信頼関係を築くのが難しくなってしまうケースがあります。そのため、クールジャパン機構では、実行支援の経験が豊富なメンバーが、とにかく「実行」に重きを置いた戦略を策定し、海外の投資先でやりきる。法規制・商習慣・文化・宗教など、ビジネスの大前提となる領域に様々な違いがあり、そのような難しい環境の中でもしっかりとやりきる。もちろん、苦労もしつつですが、当社ではクロスカルチャーでのコミュニケーションをしっかりととりながら、投資先と信頼関係を築ける人材がとても大事だと思っています。

(後編につづく)

参考)EMW出資決定に関するクールジャパン機構プレスリリース(2019年6月18日)

参考)Sentai出資決定に関するクールジャパン機構プレスリリース(2019年8月1日)

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