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宮城の酒を世界へ —「MIYAGI STYLE」でつなぐ現場の知と熱量

宮城の酒が、欧州からオセアニアへと静かに、しかし確実に広がっている。中心にあるのは、銘柄や物語の熱量だけに頼らず、甘味・酸味・アミノ酸(旨味)と香りの関係で味の骨格を示す“説明の道具”——「MIYAGI STYLE」だ。県、地元酒販店むとう屋、そして海外パートナーの三者が、同じ座標で語れる状況を作り、ラベルの表示規制や物流、言語の壁といった見えにくい障壁を一つずつ越えながら道を拓いた。オーストラリア・イギリスにおいてD2C基盤のワイン・オンラインプラットフォーム「GoodPairDays」を運営する当機構の投資先Wine Galleryでは、2026年から宮城のアイテムを順次公開、販売を始めた。ここに至るまでの現場の知と熱量は、どのように海外プラットフォーマーを動かし、蔵元の背中を押したのか。プロジェクトを推進した関係者のみなさんに、宮城の酒を世界に送り出していく海外展開の道筋についてお聞きした。

今回お話をうかがったのは下記の皆さんです。

宮城県 経済商工観光部 国際ビジネス推進室 西條信彦 様
宮城県 経済商工観光部 国際ビジネス推進室 佐藤博美 様
宮城県 経済商工観光部 国際政策課 鈴木タケノ様
宮城県産業技術総合センター 総括研究員 橋本建哉 様
株式会社 むとう屋 代表取締役 佐々木憲作 様
株式会社 むとう屋 常務取締役/仙台駅店店長 佐々木栄太 様
(※本文中は敬称略)

【起点——県はなぜ「銘柄」ではなく「座標」を掲げたのか】
宮城県が輸出支援で選んだアプローチは、特定銘柄の“推し出し”ではなかった。甘味・酸味・アミノ酸(旨味)という三つの味成分に、アルコール度数や酵母由来の香り(典型的にはリンゴ香とバナナ香)を掛け合わせれば、酒の味わいと香りの骨格を簡潔に言語化できる。ワインにおける「酸とタンニン(苦味)によるボディ」の概念に相当する。旨味を極限まで減じた時に立つ酸のエッジ、逆に旨味を増した時に生まれる“とろん”としたまとまりを、白ワインのキレや赤ワインのボディに対応づけて説明できるようにした。こうして海外の語彙と呼応するように、日本酒を食との相性で語る骨組みを可視化したのが「MIYAGI STYLE」だ。こうした骨格の説明を整えたのは、誰がどこで説明しても破綻しない“最低限の語彙”を用意するためだ。造り手にとっては設計上の羅針盤となり、売り手にとっては提案の見取り図となる。結果的に、現場が“勘”だけに頼らなくてよい。説明は再現され、再現された説明は別の場所でも機能する。

宮城県産業技術総合センターで酒造技術の支援を担当する総括研究員の橋本建哉はこう語る。「現象をなるべく置き換えて、後の感想はお客様に委ねる。エレガントやファンタスティックといった形容ではなく、説明可能性で伝える」。この設計思想の裏には、10年近い検証がある。年150点規模で全国の日本酒をテイスティングし、官能コメントと成分値の相関を地道に検証する作業を積み重ねた。甘味・酸味・アミノ酸の比重が、飲み口のまとまりや余韻、料理との釣り合いにどう影響するかを説明可能なパラメータに磨き上げた。平成19年には酒造組合のサイトでデータ公開を開始し、蔵元が自らの設計(どの酵母を使い、どの香りを立て、どの味のバランスに寄せるか)に応用できるよう整えた。令和に入り海外展開が本格化すると、この枠組みは“造り”と“売り”の共通言語として機能しはじめる。造り手は、次の仕込みでどの指標を動かせば目標のポジションに寄せられるか、売り手は、どの料理にどう薦めれば伝わるか——造りと販路の双方にとって現在地と行く先を示す「座標」となった。

(産業技術総合センター 橋本建哉)

【説得——ソムリエは理屈と体験で動く】
理屈は入口、体験が決め手だ。今回Wine Galleryへの大口輸出が成立したオーストラリアのプロジェクトでは、現地ソムリエを仙台に招き、4つのタイプ別の酒と対応する料理を体験してもらう場を設けた。タイプ1は魚介の生食を想定し、酸に対する旨味の受け止めを重視する。タイプ2はバター/チーズなど乳脂との調和を見据え、香りの広がりとテクスチャの一体化を測る。タイプ3はフライやグリル肉・マヨ和えなど揚げ物やグリルの油分と熱による香りの変化を前提とし、飲み口のリセット能力が肝になる。タイプ4は出汁や煮込み、蒲焼の還元的な旨味に寄り添い、余韻の持続と食材の輪郭をマスクしないことが条件だ。テーブル上で料理と酒をクロスさせる実験は、現地の語り手が自国の料理に置き換えて語るための“辞書”を用意する行為でもあった。現場では、アミノ酸÷酸の比が0.8を超えると魚介の旨味を受け止め、生臭みを残さず余韻を引く、といった“客観的な説明”で理解を促した。懇親の席では、選定した酒を対応する料理と組み合わせて提供し、飲み干した後の余韻の違いまで確かめてもらった。「この味は好みではないが、料理との相性は確かにあなたの言う通りだ」——理論と実地を往復して検証していった。

先に展開していたイタリアやスペインでもこの手法の反響は大きく、質問が一段と理屈寄りになることもあった。「旨味と言うならグルタミン酸を測っているのか」という問いに対しては、米を麹・酵素で分解するプロセスを踏まえ、相対バランスとして捉えていることを腑に落ちるまで丁寧に説明した。今回のオーストラリアプロジェクトでも、こうした過去の知見を十分に活かしながら、現地ソムリエとの会話を丁寧に重ねていった。重要なのは彼ら自身が自国の料理と言葉で語り直せる材料を持ち帰ってもらうこと。プロの語り手が“語れる”こと——それが販路の入口を開いた。

【語彙の整地——“甘辛”から“リッチ/ドライ”へ】
海外の現場で迷いがちなポイントの一つが語彙である。日本では長く日本酒度に由来する“甘口・辛口”が流通してきたが、これは比重の概念に依拠しており、純米主体で糖類添加をしない酒が主流となった現在の味覚印象を十分に説明しきれない。『軽いのに甘い』『重いのに甘くない』といった印象が起こり得るのだ。三要素と香りに立ち返れば、そうした印象の揺らぎを、濃淡やドライ/ソフトという軸で言い直せる。そこで現地では、リッチ/ライト、ドライ/ソフトといったワイン由来の用語を手掛かりに、三要素の釣り合いで説明する方針を採った。たとえば「ライトでドライだが、旨味が薄すぎないので魚介の余韻を消しきらない」といった言い方は、現地のプロにとっても“分かる言葉”でありながら、日本酒の個性を矮小化しない。

語彙の整地は単なる翻訳作業ではない。相手の台所にある言い方を見つけ出し、誤解される前に言い換えることだ。入口で躓かない言葉を選んで、体験の核心に導く作業なのだ。宮城県経済商工観光部国際政策課の鈴木タケノは、この語彙の整地を怠らず、英語圏の生活者が持つ食体験に寄せた比喩を用意して臨んだ。日本語の“甘辛”を単純にsweet/dryに置き換えると誤解が生じるという前提を共有し、香りの方向(フルーティか、穏やかか)を第三軸に据えた説明方法を整えることで、ソムリエや小売が自分の言葉で語れるように座標を機能させた。

(経済商工観光部 鈴木タケノ)

【結節点——むとう屋という“ハブ”の仕事】
今回のオーストラリアプロジェクトは、宮城県下の大手酒販店むとう屋にとって、県下の蔵元9社が参加する会社史上最大規模の輸出となった。常務取締役/仙台駅店店長の佐々木栄太は率直に語った。「日本は少子化で飲み口が減る。のれんを残すには海外で宮城の地酒を広げ、従業員の雇用も守りたい。宮城の酒だけで勝負してきたからこそ、県内で取り合うのではなく、新しい市場を拓くべきだ」。

現場の課題はスケジュールと裏ラベルだった。原材料・容量・アルコール度数・原産国・輸入業者・注意喚起といった義務記載、フォントサイズや貼付位置の指定、など細目が多岐にわたる裏ラベルの要件は国ごとに異なる。蔵ごとにバラバラだったフォーマットを集約し、“貼るだけで出荷できる”状態に整えて、9蔵分をまとめて標準化。さらに窓口をむとう屋に一本化することで、オーストラリア側の負担も軽減。やり取りの煩雑さを解消したこの「段取りの肩代わり」は、蔵の心理的負担を最小化すると同時に、県とむとう屋の連携を強める役割も果たした。佐々木常務は言う。「バンジョーさん(現地ソムリエ)が各社に直接連絡していたら大変すぎる。窓口は一箇所に——最初からそう考えていました」。同じ県内の酒蔵でも、仕込みのタイミング、人員、在庫など、蔵ごとの事情は異なる。だからこそ、むとう屋のように“顔が見える関係者”が間に立ち、相手の性格やこだわりを織り込んだ打ち手を選べたことが奏功した。小さな合意を積み上げるたびに、合同プロジェクトの輪郭がはっきりしていった。

(むとう屋 佐々木常務)/ (裏ラベルのサンプル)

【越境する役所——人が動くと、物が動く】
行政側の動きも越境した。県側で現場を担当した鈴木は、職務の“線引き”を超えて動いた。英語圏の日常食に即した比喩を用意し、海外の表現慣習を研究。表示の規制対応では、オーストラリア版/イギリス版の裏ラベル要件を整理し、通関に関わる技術的確認を粘り強く行いながら、むとう屋、現地ソムリエ、物流事業者の間を往復して、必要情報を細かく結線した。橋本は鈴木の三拍子を挙げる——「酒が好き」「知識欲」「手間をいとわない」。これがプロジェクトを成立させた、と。
また宮城県経済商工観光部国際ビジネス推進室の西條信彦が語るように、海外との仕事は『決まってからは早いが、決まるまでが長い』。発注から納品まで約1年を要し、最初の接触からは2年スパンになった。現地在庫や取引形態の調整、日本側の集荷・集約の仕組みづくりなど、多層の要因が絡むためである。指定倉庫の用意や集約出荷の提案をもっと前広に示すこともできた、という西條の振り返りは、次の取引拡大、市場開拓に向けた重要な“段取りの学び”となっていた。

(経済商工観光部 西條信彦)

【受賞の意味——IWC県賞がもたらしたもの】
2025年秋、世界最大規模の酒類のコンペティションであるIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)2025のSAKE部門におけるPrefecture of the Yearを宮城県が受賞した。この受賞は、県にとっても蔵にとっても大きな追い風だ。単独銘柄の話を越えて、地域全体の品質と表現が揃ってきたことの証左になった。個々の蔵の受賞や高評価が海外からの引き合いを呼び、その積み上げが県の訴求力を底上げする、と橋本は捉える。パラメータを造りの設計にまで大胆に取り込んで、コンテストでの成果に結びつけている蔵もある。県がこの受賞を歓迎するのは、単に権威付けのためではなく、現地の導線上に“選ぶ理由”を分かりやすく置くことができるからだ。ここでも、情緒的な賛辞ではなく、説明可能性と体験の設計が効いている。受賞という外部評価のおかげで、初対面での説明がスムーズになり、節約できた時間を具体の提案に振り向けられるようになる。『どのタイプが魚介に強いの?』という問いから会話が始まる状況こそ、「MIYAGI STYLE」の成果である。

【次の一手——英・仏、そして東欧へ】
これまでドイツ、イタリア、スペインで展開してきた県の取り組みは、第二段階でイギリス、フランスへと広がった。国際ビジネス推進室の佐藤博美は、今後の展開について、「これから東欧でのテストマーケティングに入る予定だ。」と語った。蔵にとって不確実性の高い市場は、自前では踏み込みにくい。そこで県が初期リスクを引き受けて“とっかかり”を用意し、芽が見えた段階で民間の取り組みにバトンを渡す。独自で海外に展開できる蔵の市場は乱さず、まだ出ていない層を押し上げる——明確な役割分担だ。
一方、むとう屋は宮城に軸足を置きつつ、東北連携でリキュールやワインも視野に入れる。店舗では、価格表示の英語併記や裏ラベル標準化の知見が共有化され、多言語対応の人材採用にも発展し、“現場の着実なアップデート”を続け、次の機会に備える筋力を育んでいる。こうした基盤作りが、次の市場を開くための土台になる。次の市場は、説明を要しない市場ではない。むしろ、説明を歓迎する市場だ。だからこそ、座標で語る方法は有効であり続ける。『一歩目の踏み出し方』を提案することが、行政の役割なのだ。

(経済商工観光部 佐藤博美)

【往還の輪——“クロスバウンド”でいこう】
輸出は、売って終わりではない。むとう屋代表取締役の佐々木憲作は、海外で宮城の地酒を知ってもらうことがやがて宮城への訪問につながる、“往還の輪”を思い描く。「シンガポールで配ったチケットを持って『来たよ!』と言われたら最高なんです」。この言葉には、アウトバウンド(輸出)とインバウンド(誘客)が同じ線上でつながる未来が端的に表れている。松島に本店を構える酒屋として、宮城の地酒をきっかけに宮城を訪れる人を増やしたい——という願いは、文化の行き来を生むという点で、行政の描くクロスバウンドの構想とも合致する。酒という液体は単独では完結しない。料理、言葉、場所、人の動きと重なって初めて“文化”になる。その往還のハブに自分たちがなりたい、という意思がここにある。輸出で生まれた接点が、やがて宮城への旅行という形で“戻ってくる”。
ネットの情報と実地体験の落差、言葉の壁、ラベル規制、物流の段差——一つひとつのハードルを越えるたびに、「MIYAGI STYLE」という共通言語の強度が増していく。語り手(ソムリエ・小売・行政)が同じ座標で語れるとき、日本酒は文化の往還(クロスバウンド)を生み、アウトバウンドとインバウンドの循環が回りだす。宮城の挑戦は、説明可能性と現場の連帯で市場を耕す、地域発イノベーションの好例と言える。

(むとう屋 佐々木社長)

【挑戦者たち——役割と熱量】
県の橋本は、長期の検証で磨いたパラメータ思考を“語りの骨格”として全体に行き渡らせた。鈴木は、語彙の整地と表示対応、現地の食体験に基づく比喩づくりで宮城の現場と海外の現地を近づけた。西條は、物流と商流の現実に寄り添い、集約・倉庫・輸送スキームの確度を上げる提案を惜しまなかった。むとう屋の佐々木常務は、蔵ごとの事情と気質に合わせて合意形成を進め、裏ラベルから窓口統一まで“面倒なところ”を引き受けた。海外側のソムリエは、自国の料理の語彙に置き換え、「MIYAGI STYLE」を“自分の言葉”にしていった。そして佐藤は未知の市場である東欧への挑戦を見据えてもう準備をはじめている。各人が自らの境界を少しずつ越えたからこそ、全体は前に進んだ。確信をもつ挑戦者は、必要なときには境界を跨ぐことを躊躇しない、と現場は教えてくれる。
説明可能性で興味を引き寄せ、体験で腑に落とし、段取りで実装する。宮城の挑戦は、その三拍子を地道に積み上げることで市場を耕す手本であり、地域から世界へと通じる道の“描き方”を示してくれた

(Wine Galleryのサイトより)

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